十五 薔薇の原価
■ 次の夜、葉子が尋ねてきた。短いスカートを履いている。
肌の色が違ってみえた。一枚、靄のようなものがかかっている。
「吉川さんはどうしてた」
「なんだか痛い痛いと困らせていたわ」
私は吉川をさんづけで呼んでいた。撃たれたのだから、仕方ないだろうと思った。葉子に会うと大事なことがどうでもよくなる。葉子が話さなければそれでいいのだ、という気分が支配的になる。どうせわからないのだという投げやりな姿勢が引き出されてくる。問い詰めるには一定のエネルギーが必要だった。動機さえも。
「カマロはどうした」
「修理に出したわ」
修理して大丈夫なのだろうか。塗装の破片から車を割り出すことは簡単にできる。
「ううん、平気なの」
警察はどう処理したのか。死人が二人でている。いぶかしいことは他にもあった。輪郭が滲んでくるには先に進むしかないのだろうか。そんなことを漠然と思った。
看護婦が覗きにきて不思議に笑い、ドアを閉めた。
葉子が傍によった。自分の短い髪を手で撫でている。
「風呂に入っていないぜ」
「あなたの血が胸についたわ」
靄はやはり白く、それは男達のもので、その中に赤いものが疎らに混ざっている。
混ざるものは一定の重さを持ち、ゆっくりと曖昧になってゆく。
葉子は跪いた。
毛布が外される。私は自分も同じではないかと思いながら近づいてくる舌先を待っていた。
それから絵本のことを思いだした。