■ 病室で眠れない夜が多かった。
 どうしてなのか、わかれば眠れるのだろうと思った。
 午前二時に看護婦が廻ってくる。夜勤だけの担当がいるのだろうか、二日に一度は同じ顔をみる。
 東北の生まれだという看護婦とすこし話した。紅葉が奇麗な土地だ。ここの他に時々バイトをしているのだという。
「そこでも制服を着るんですよ」
 何処の店かを聞くのはやめた。
「いわゆる社交場だね」
「面白い言い方ですね」
 病院の待合室に絵本があった。トイレの帰りに一冊借りてきた。お徳用になっているようで、消防車の絵と動物の絵が書いてある。
「トラック、スポーツカー、タンクローリー、パトカー」
 それぞれに簡単な解説が載っていて、このような文を専門に書くひとがいるのだろう。
「めがねとかげ、カンガルー、ありくい」
 動物の絵も載っていて、そこにも説明がある。
 
「夜おきていてながい鼻で地面をさがし、舌をのばしてありを食べます。長い毛が生えています」
 「ありくい」が鼻の長い犬のように描かれている。ふりがなの振ってある説明文を読んでいると次第に不安な気持になってゆく。それは生理的なもので、長い毛と、舌の上で動いている無数の蟻のことを考えた。例えば山の中で死ぬということは、小さな虫などに食われてゆくことなのだと思った。
 サーブの中で男が死んでいた。私がカマロで脇腹に突っ込んだからだ。
 葉子が撃った女は中国女で、多分北沢の女のひとりだろう。晃子が襲われた時、傍でみていた女だ。私はその女に脇腹を裂かれた。
 葉子は人を撃った訳だ。
 当たり前のように人が死んでゆく。
 それに対してほとんど嘆くような感情が起きない。
〈殺さなければ殺される〉というようなことを映画などでよく聞く。果たしてそうだったのかも覚えていない。吉川に義理があった訳でもない。
 
 葉子の横顔は硬い意志に満ちていた。顎の線が蒼ざめ、いつか映画でみたポーランドの若者のようだった。彼等はファシストと戦った訳だが、こんどは何なのだろう。薬を飲んでいた葉子と銃を持った葉子が一本の線で結ばれない。そういえばカマロはどうしたんだろう。
 私は夜の動物園にゆきたいと思った。
 闇の中で、猛獣が叫んでいる声が聞けるのかもしれない。