■ 私はウィスキーが飲みたかった。
この頃量が増えている。飲みながら胃薬を噛んだりしている。矛盾しているがそんなものだ。
フロントに電話をし、リザーブの小さな瓶を注文することにした。国産しかないというのだ。葉子が取りにゆく。
私はベットに座り、小さなショーツの上からジーンズを履こうとする葉子の後姿を眺めていた。脇のホックのようなものを掴み、腰を二三度振っている。
有線からマイルスが流れている。「昨日、夢をみたよ」という曲だ。ガーランドのピアノが淡々と響く。
わかったような気もするが、だからどうしたとも思っている。
何処かで都合が良すぎるような気がした。
出来すぎたことにはほとんどの場合嘘が混じっている。しかも、それはもっとも本質的な部分についてである。
私は、自分の仕事がどう旨く嘘をつくかで評価されるところがあることを思い出した。
肝心なことを伝えないのは嘘をついたことにはならない、そうした言い方をする同業者もいた。
トカレフは私の傍にあって葉子は追われている。
横浜新道のランクルは記事にならなかった。
調査を頼んだ晃子は襲われ、羽布団の倉庫で眠っている。
吉川とは何物なのだ。葉子の父も。
銀色の眼鏡をかけた奥山。あのセドリックは誰のものか。スタンドにいた残留二世の女はどうして鍵を持っていたのだ。
暴力革命だって。ともかくよして貰いたい。
私は何かに巻き込まれ、それが何なのかわからないことに苛立っていた。
その苛立ちには奇妙な静けさが含まれている。
眠っているだろう晃子のことがすこしだけ気になった。
私たちは寝なかった。
広く丸いベットの上で始めは離れ、それから背を向けて躯を斜めにした。
葉子は錠剤を噛み、暫くして私にもたれてくる。
「それを飲むと眠れるのか」
「うん」
「随分、眠れるのか」
「うん。普通のひとが飲むと、お昼過ぎまでぼんやりしているんだって」
葉子の横顔は幼女のようにみえた。
ベットの下に敷いてあるビニールが擦れて音を立てる。
隣なのか、時折女の細い声が聞こえてくる。
遠くからだと、夜を渡る鳥の声のようにも思えた。
葉子の寝息を確かめると、私は煙草を消し考えることをやめた。