■ 私はカマロのエンジンをかけた。アクセルを深く踏む。
 途中、ひとつ前のベンツを直線で抜き、そのまま尻が流れ、ハイビームのまま信号を無視した。羽をつけた四駆のセダンが並んだので幅寄せをした。
 奴はビビり、それ以後追ってこなかった。私は夜の峠をセカンド・レンジで走っていた。どうでもいいのだ。胸の底に、次第に凶暴な気配が溜まってくるのに気付いている。今までは一定の枠の中にいたのだ。
 小高い山をひとつ越えると空港の灯りがみえた。
 国を離れたいと願う男女は、このアジアにどれくらいいるだろう。
 私は芝浦のスタンドにいた髪を束ねた女のことを思い出していた。彼女はどうして日本にきたのだろう。国籍や国境とは何なのだろう。
 差別というのは何処の国にもある。
「ひとは生きてゆくために、海峡を渡る権利があるのだ」
 そんなことを誰だかが言っていた。
 半世紀前の戦争の時、大陸に残された日本人の数は数十万人だと言われる。
 彼等は難民ではないが、国策に則った移民だった。棄民という呼び方すらある。
 
 スタンドでガソリンを入れ、小便をし、カマロを国道沿いのモーテルに入れた。
 昔、国際線のスチュワーデスを成田まで迎えにいったことがある。空港の脇のホテルで食事をし、高速に乗らずにモーテルに入った。
「冗談でしょ、うちの運賃はパンナムより高いのよ」
 と、彼女は真剣に言う。一年半して彼女は成田の寮をでた。三田線の沿線に部屋を借り、自分で料理をつくろうと決めた。
「ねえ、自炊ってさ、どんなもの食べるのかしら」
 そんな電話が偶にかかる。フライトの後、時間はまちまちだ。
 
 モーテルのシャッターは半分しか閉まらなかった。
 カマロは丸い尻を出している。ここで眠り、明日は芝浦にゆこう。私はカツ丼を取った。葉子もそれに倣った。
 別々に風呂に入り、それからビールを抜いた。葉子は有線のチャンネルを廻している。
 ドアーズがかかった。次はディランだ。次第にうんざりした気分が濃くなってくる。
「そろそろ話して貰おうか」
 葉子は黙っている。表情がない。二分経った。煙草を消した。
 葉子の傍へゆき頬を叩いた。