九 鳥の声
■ 小さなスタンドをつけ葉子は床にしゃがんでいる。
片方の膝を抱えている。スタンドを眺めているようだ。私は低いソファに横になった。
私たちは口をきかなかった。説明するのが億劫だった。
こんな風に人生をあやまるんだ、といつものように考えた。
スープをすすり、ひとりで夜を過ごしたい。傍に居る女を眺め、本気でそう思っていることに気付いている。
いつの間にか私は眠っていた。
ソファの上で朝を迎えた。薄い毛布がかかっている。髭がじゃりじゃりし、顔は粉を吹いている。そう若くもないのだ。
昼が過ぎ、でよう、と言って外にでた。
葉子がカマロを運転した。低い排気音が室内に篭る。
県境の国道を過ぎ、低い屋根の続く工場地帯を抜ける。
右に曲がって十分程ゆくと海の傍に小さな展望台があった。
夏以外、誰も昇ることはないのだろう。手すりが白く錆びている。その先は平たい堤防になっていて、テトラポットが囲んでいる。空は黒くなりかかり波の音が大きい。
空き缶を探したが近くにはなかった。
私はトカレフを取り出した。コンクリの外れ、そのひび割れたところに照準をあわせる。十メートルない距離で八発撃って七発が外れた。
銃声は乾いた板を踏み抜いたような音がした。
こんどは掌が痺れることはなかった。
黒くなった空の低いところを、スポットを点滅した飛行機が離陸してゆく。向こうが空港なのだろう。一体何ワットあるのか。空に二本の筋ができ、海の方角に向かっている。堤防の外れは葦なのか、背の高い枯草が生えていて風が吹くと忙しく揺れた。
「北沢って男はなんなんだ」
葉子は答えない。
「横浜で何処にいった」
葉子の髪が逆立っている。風は海からくる。
「北沢の子を孕んだんだろう」
葉子が上を向いた。