■ 私達は口をきかなかった。
 そんな理不尽なことで狙われるのはまっぴらだった。
 細い道をいくつか越え、小さな駅の前に出た。不動産の看板が目立っている。
「ここでいいわ」
 葉子が車を降りた。泣いた後のような眼をしている。唇を噛んでいる。泣いた訳でもない。私は言われるまま葉子を降ろし、ガラガラ鳴る車をだらしなく東の方角にむけた。
 途中、自動販売機で短い缶を買い、一気に飲んだ。車に戻ってから思い出し、タオルでトカレフを拭い、丸く口をあけたプラスチックのゴミ箱に捨てようとしてとどまった。
 手首が痺れ、親指の付け根の皮が剥けている。
 私は部屋に戻って眠れなかった。
 単気筒の音がして、新聞がくる。カーテンが白くなって、床の埃が目立つ。葉子がかじっていた薬がその時は本当に欲しくなった。
 私は怯えているのだと思った。