四 天国
■ 月が高くなった。上着を手に持つことがなくなった。
週の半ば、私は自室でクライアントの社内報の代筆をしていた。ディスプレイの横に置いた飲みかけの缶ビールが温くなった頃、部屋のチャイムが鳴った。
出てみると葉子である。
「部屋の鍵をかえしにきたの」
そう言って立っている。怒ったような瞳をしている。
「即物的な話だな」
「髪を切ったのよ」
背中まであった髪が肩までになっていた。葉子を部屋に入れ、コーヒーを沸かそうと台所に立ったが紙がなかった。棚からエスプレッソ用の器具を捜した。古く、粉を吹いている。
「で、どうしたっていうんだ」
私は苛立っていた。片方では抑えようともしている。葉子は答えない。
「若い女の思わせぶりにはウンザリだな」
「気持はわかるわ、でも」
「でも、なんだ」
「巻き込みたくなかったのよ」