■ 蛍光燈を四隅に張り付けたようなビルが右手に立っている。
 私は車に上着を忘れたことに気付いた。仕方なく目の前にある牛丼屋に入ることにした。シルダク、と叫んでいる若い男がいる。波を打った大味な牛肉を半分だけ食べ、私は店を出た。
 ブルーノートのジャケットが何枚か飾ってある階段をみつけた。
 重苦しい音なんだろう、と階段を降りドアを開けた。客はいなく、使い込まれた音が流れている。チョッキを着た白髪の店主がグラスを拭いている。私はジン・ライムを頼んだ。すこしだけ甘く、高校生になったような気分だった。真空管、多分マランツだろう、アイク・ケベックのボサノバが流れ、そういえば夏も終わるのだな、と同じものを二杯飲んだ。
 歩いてホテルの部屋に戻り、風呂に入った。
 
 どうしてここにいるのだろう。私は何をしているんだろう。そういえば事務所に連絡をしていない。この部屋にはベットがふたつあって、そのひとつだけを使った。暫く前まで抉るようなかたちで重なっていたことを思いだし、不思議な気持になった。
 十二時を廻ったが葉子は戻らない。
 備えてある厚いグラスで、私は持ち込んだウィスキーを嘗めた。グラスには紙が被さっていて、紙には細かな皺が寄っている。
 カーテンを開けても外はみえない。みえるのはコンクリの橋桁で、部分的に青い照明があたっている。雲の反射なのか、その上の空は鈍い灰白色をしている。
 枕の上に長い髪の毛が一本落ちていた。拾ってみる。暫く指先で遊んでから捨てることにした。煙草を消して横になった。そのまま曖昧になってゆく。