- BREAKFAST AT TIFFANY'S -
    野生の馬。
 
 
 
■ 冬になると、ストーンズが聴きたくなる。
 新しいものではなく、いくつかのバラードの入ったそれで、低く流しながら表参道の交差点手前で信号を待っている。街はクリスマスの飾り付けで赤く、そして青い。
「WILD HORSES」という曲があり、イントロだけで十分な気がしていた。
 ストーンズの場合、イントロがほぼ全てというところもある。
 
 
 
■「ティファニーで朝食を」でよく引かれるのが、「決して野生の動物をかわいがってはいけないわ」という台詞である。
 新潮文庫版の背表紙にはこんな風に書いてある。
 
「名刺の住所は『旅行中』、かわいがっている捨て猫には名前をつけず、ハリウッドやニューヨークが与えるシンデレラの幸福をいともあっさりと拒絶して、ただ自由に野鳥のように飛翔する女ホリー・ゴライトリー。原始の自由性を求める表題作(以下略)」
(1968年版:54刷より)
 
 映画の影響か、女性読者を意識した紹介文である。
 ホリーを高級コールガールとは決して呼ばず、「プレイガール」などと記している映画案内なども多い。訳者の龍口氏も解説の中でわざわざ一節をそうしたホリーへの評価について割いていた。
 
 
 
■ ホリーは14歳の時に結婚をした。
 両親が死んで、弟とともに彷徨っていたところをテキサスの獣医に拾われたのである。 納屋に卵を盗みに入ったときは、あばら骨が指で数えられるほどだった。
 
 いやまったく、そのときの彼女は山家の娘とも渡り者のオーキーともなんとも見当がつかなかったでがすよ。(前掲:97頁)

「オーキー」とはオクラホマ出身の移動農場労働者である。1930年代に発生した砂漠化現象で土地を追われ難民となる。その数250万人。
 スタインベック原作の「怒りの葡萄」は、オーキーを描いたものである。40年にジョン・フォードによって映画化された。ヘンリー・フォンダ主演。

 ゴライトリー獣医は50歳を超えた男で数人の子供がいる。
 ホリーの面倒を見て恋に落ち、二度目の結婚を申し込む。ホリーは妻になった。
 けれども、回復してからのホリーは次第に外の世界を夢見るようになってゆく。
 テキサスを飛び出してからのホリーは男たちの間を点々とする。ハリウッドで女優になりかけたこともある。NYにいるときはまだ20歳になったばかりであった。
 
 野生の動物はいくらかわいがってやってもだめね。かわいがってやればやるほど、だんだん丈夫になり、そのあげく、どうにかひとり歩きができるようになると、森の中に逃げ込むとか、樹の枝へ飛んでいってしまおうとするのよ。(前掲:105頁)
 
 映画主演当時32歳だったオードリー・ヘプバーンが、20歳の役をこなしていたのだと知るといささか不思議である。
 夫をテキサスに送り返す、大陸横断の長距離バス、グレイハウンドの停留所でのシーンを私は微かに覚えている。
 オードリーは確か黒っぽいコートを着てあたかも未亡人であるかのように涙をこぼした。
 NYでどんなに派手な暮らしをしていても、根はテキサスの片田舎にあって、そこを弟とともに彷徨っていたというある種育ちの不幸さを、ヘプバーンは泣く寸前の口元にあらわすことを忘れなかった。
 そして弟がこの戦争で戦死する。