複雑な自我、杜月笙。
 
 
 
■ 上海の秘密結社、青幇(チンパン)のことを調べていると、三人の男たちにぶつか
ってゆく。
 黄金栄、杜月笙、張嘯林、の三人であるが、中でもひときわ複雑な人格をしていたのが、杜月笙(とげつしょう)であった。
 
 
 
■ フランス租界の警官という地位を手始めにのし上がった黄金栄(こうきんえい)。
 それに対抗する勢力としての張嘯林(ちょうしょうりん)。
 裏ばかりではなく、経済・政治の世界にまで影響を及ぼした杜月笙(とげつしょう)。 大雑把に言うと、こんな風に理解できるのかと私は思っているが、いかんせん資料はそう多くもない。
 杜月笙は四歳で父母を喪う。
 十三の時、無一物で上海に出てくるが、ご多分に漏れず街のチンピラとして浮き沈みをくりかえす。腕に彫り物を入れ、青幇に入ったのもこの頃だったという。
 野良犬同然の暮らしをしていた彼の人生が変わったのが、当時既に上海のボスであった黄金栄の妻、桂生(けいせい)夫人の付き人になったことからであった。
 黄金栄との仲がいまひとつであった桂生夫人は、商売もののアヘンに手を出しながらも、さながら闇の女ボスとして我儘にふるまっていた。
 杜月笙は夫人によく仕え、次第に第一の側近として名を売り出してゆく。
 黄金栄よりも二十歳年下である。
 荒っぽいアヘン取引の現場などでも、沈着さと度胸にまかせ、杜月笙は的確にさばいていったとされている。
 分かりやすく言えば、その姿はすこし前のアンディ・ガルシアが得意とした役所に似ていたのかも知れない。ガルシアは、「アンタッチャブル」という映画で、これから伸びてゆくだろう、艶のある男を演じていた。
 こちらは正義の味方ではあったが、本質はそう変わりもない。
 
 
 
■ 黄金栄は痘痕面であったという。
 租界の警官として勤めるかたわら、その立場を利用して私服を肥やしてゆく。
 租界とは自らの国の中にある植民地であるから、それを抑えるにはその国の人間を使うのが適している。裏も表も知っているからだ。
 アヘン、娼妓経営などを軸に、いっぱしの顔役になっていた黄金栄のところから、第二世代である杜月笙が育ってゆく。
 杜月笙は二七年、四・一一クーデターで大きな影響力を発揮しながら、蒋介石を始めとする政治家と結びつきを深め、社会の上層部にのし上がる。
 近代的社交クラブなどを運営したりした。
 その姿は、自由都市、上海のもうひとつの顔、名士であったと言われている。
 晩年は赤くなった上海を避け、香港で客死している。
 
 杜月笙が持っていた近代的な自我について、私は奇妙に惹かれる部分が強い。
 これも魔都・上海の底流にある、大きな物語ではないかと思うところもあった。
 書きたいことは多いが、いずれにしておく。