これから、どこへゆこう。
■ NYの画像を使った作品に、このコピーを使ったものがある。
建国200年の祭が盛大に繰り広げられていた頃の写真である。
ブロード・ウェイの看板の中で、少年が笛を吹いている。
背後には国旗が飾られて、つまりは騎兵隊のようでもあった。
■ 立ち位置、という言い方が比較的普通なものになって久しい。
自分の立ち位置を考える、などと使う。
セルフ・ブランディングとしゃらくさく言うこともあるが、外側からもう一度自らを省みるということを指している。
その上での志向性であったり願望だったりもするのだが、決定的なことはそこに年齢という要素が加わることかも知れない。
先日、地方の国立大学病院の医局長をしていた友人と会った。
奴はストレスから喘息が出たり、脱毛症に悩まされていた。独立法人化への過程の中で、一番気を使う立場だったからである。表も裏も彼の仕事だ。
彼は大学という組織を出た訳だが、それはかなり大きな決断だったのだろう。
残った時間をどう使うかを考えた、と言っていた。
そろそろ大したことはできないのだな、ということが分かってくる。
指折り数えながら、例えば50歳というものを待つ。
無理が利いたのは、40くらいまでだったよな。
おまえもそうか。いずれ検査してやるからこいよ。ああ。
■ そのときそのときに、腹をくくるような処があって、結構集中して無茶をする。
喧嘩に近いものであったり、ホフク前進で一向に先に進めない数ヶ月があったりもした。
同じところを廻っているだけじゃないか。
と、夜更けに思い出す。
そういう時期には、たいてい分かったようなことをいう女が傍にいるもので、それが溝になって決定的な結果が出る場合もある。
彼女は自分の何処を見ていたんだろうか。またその逆もだ。
私たちは、東京駅から湾岸線を通り、横浜、港の見える丘公園にいた。
急な坂道を登って車を停める。
一階のラウンジで茶を飲みながら、眼の前にある結婚式場の鐘を眺めている。
遅れてきた狐のような横顔をした若い女が、耳にピアスをした男と式場の下見をしていた。野バラは既に終わっている。
梅雨の晴れ間とはいえ、長袖では暑い午後だった。