夜のアメ横。
 
 
 
■ 写真家の故・秋山庄太郎さんは若い頃、黒いシャツばかり着ていた。
 と、何処かで読んだ覚えがある。汚れが目立たないからだ。
 昭和30年代の初めまで、皆そのようだった。
 ここで思い出すのは、阿佐田哲也さんの「麻雀放浪記」である。
 この主人公、坊や哲も何時も黒シャツを着ていた。半年も風呂に入らない。
 前述、放浪記には上野界隈が出てくる。
 ノガミの健が根城にしている暴力バーがあった一帯である。
 
 
 
■ 何時だったかの暮れ、女を連れてアメ横界隈を歩いた。
 店のシャッターが閉まっている。
 ふと眺めると、魚屋のゴミ箱の前に男たちが群がり、さっきまでマグロだったものだろう骨をしゃぶっている。まだ肉が残っているのだ。
 黒い姿に、赤身の肉が目立った。
 それは唇についた血の色だったかも知れない。
 私はちらりと眺め、そっちを見るなと女に命じた。
 
 
 
■ 負けた者には何もやるな。というのが博打の世界の鉄則だという。
 博打に限らず、この社会にはそんな掟が生きていて、明白に口にしないだけだともいう。
 果たして、ベンチャー企業の経営者は博打打ちだったのだろうか。
 エンジェルからの資金を、彼が何に使っていたのか風の噂で聞いた。
 正月は帰るのかい。
 いや、故郷に錦を飾れるようになるまでは帰りませんよ。
 そういって別れた、商学部出の男を私は思い出している。
 確か二年前のことだ。