旅人かえらず。
 
 
 
■ と、歌ったのは西脇先生である。
 まだ十代の頃、新潮文庫版のそれをポケットに入れ、松田優作が吸っていた煙草をふかしていた。
 恥ずかしい過去。
 ともいえるが、馬鹿ではない若者を私はどうも信用できないでもいる。
 
 
 
■ 井上靖の「猟銃」などが、少し分かりやすいものだとすれば、西脇氏のそれは濾過を繰り返した水に似た概念である。
 概念とひとくくりにすると間違えるのが芸術なのだが。
 
  渡し場にしゃがむ女のさびしき
 
 これは少年の眼である。