影ある女と桑原坂。
 
 
 
■ 雨になった。
 台風が近いのだという。
 どうりで気圧が上下して、眠りが浅いのだろうと思われた。
 
 
 
■ 深夜、地下の駐車場に降りてトランクを開ける。
 数本の三脚が入っているのだが、一本を残して空間をつくった。
 私が今いるところは、一階の廊下が古い御影石のようなものが敷いてあって、誰が炊くのだろう決まったお香の匂いがする。始めは違和感があったけれども、通路の飾り障子と共に、何時の間にか慣れた。
 初老の男性が入り口から入ってくる。エレベーターを待つ間、私は低く夜の挨拶をする。彼はやや酔っているのか、同じようにこんばんわとすこし大きな声で答えた。
 どうも、廊下ですれ違う人に声をかけるのが不文律になっているようで、それはある種の身分保障のようなものだと一月経った辺りで理解した。
 
 
 
■ 傘を指した人影が歩いている。
 水銀灯が黒い塀の辺りを照らし、私は作業の姿のまま坂道を登った。
 まだ本降りにはならない。