影ある女と桑原坂 2.
 
 
 
■ せんだって車のオイルを換えている間、恵比寿・代官山の界隈を歩いた。
 どうということはない、若い女のための街だが、ある店でドイツ製だというショット・グラスをひとつだけ買う。ワイン・グラスを小さくして脚を取ったような形をしていた。 もちろん、酒は嘗めにくい。
 
 
 
■ それにウィスキィを垂らし、カメラ・バックの点検をしていた。
 正確には中身の機材である。
 バックには大小何種類もあるものだが、他人に自分はカメラマンであると示唆したいと望まない限り、国産のものでも、とりあえずの問題はない。アルミのバックにあちこちのステッカーを貼ったままにしておくのも、道の駅のスタンプ集めと同じことである。
 何台かカメラを使ってきて、その特質のようなものが視えてくる。被写体深度を利用してピント合わせをせずに撮る場合には、当然マニュアル・フォーカスの方がやりやすい。 暗くなってからのピント合わせも、同じようにMFである。
 が、ここぞという時の連写機能が、すこし古いカメラにはついていないことが多く、後付けができるとしてもそれでは大分重くなる。普通に売られている今のAFカメラをマニュアルに戻し、秒数コマを撮るのが無難だろうか。
 カメラ雑誌にプロの方々が、絶大なる信頼感などということを書いているが、それも時と場合であろう。砂漠など電池が手に入らないところでは機械式シャッターのMFだし、スポーツのそれでは一々巻き上げてもいられない。つまり道具の評価とは、使用される環境と目的の中で、相対的なものなのだ。
 
 
 
■ そんなことを考えていたら、笛の音がした。
 誰かが黒く沈んだ庭の中で吹いたのだろうか。
 口笛の聞こえる街角。なんてフレーズは、昭和三十年代の日活映画の世界ではあるが、気持ちよく口笛を吹くこともなくなっている。