荷風好きの芸者 2.
 
 
 
■ あるとき、イッテン坂下氏が暗い顔をして私にいう。
 日記がみつかったんですよ。
 で、うちのが出て行ってしまったんです。
 
 
 
■ しばらく聞いていると、その日記とは荷風のそれ「断腸亭日常」を模したものであったと分かる。
 模したもの。つまり、全てはフィクションの世界であって、荷風が遊んだかの如く自分もそのようなことをしてみたいかも知れない、多分そうなんだ。でもできないから国文出身の自分としては日記に書いてみる、という習作であった。
 具体的な名前が出ていたのが不味かったんでしょうか。
 いや、まあ、そういうことではなくてね。
 私は奥様に電話しようかと思ったが、前述の如く一緒に仕事をしていた仲なので暫くの遠慮をした。
 
 
 
■ ところで、荷風好きの芸者というのは実在する。
 馬場方面の高校教師と、口角泡を飛ばして荷風論を戦わせていた。
 彼は荷風研究では五本の指に入る。
 日本で荷風研究者が五人いるからだ、と定番の冗談をまじめな顔をして繰り返してもいた。
 私はその横にいたのだが、どちらかというと細面の小柄な芸者に話を流し、彼女のうなじをコンタックスの小型カメラに収めた。
 彼女も三十を過ぎただろうか。
 いつぞや、とある雑誌で寸詰まりなお稲荷さんのような顔と再会した。