荷風好きの芸者。
 
 
 
■ という小品を、青瓶に書いたことがあった。
 五年くらい前だろうか。
 そのあと、イッテン・坂下氏が、その芸者を紹介してくれと言ってきた。
 イッテン・坂下氏は、かつて読売新聞社の文芸フォーラムに、いささか難解なものを寄稿してくれた方である。当時三十代半ば。
 その後、いくつか翻訳の本なども出版されている。
 
 
 
■ あるとき、奥様が図書館でバウハウスの資料をお読みになった。
 そこに、ヨハネス・イッテンという色彩学の大家がいて、その風貌が坂下氏にそっくりだと気づいた。
 イッテンはグロピウス校長と並び、バウハウス初期の名物教授である。
「イッテン服」と呼ばれるすこし前まで芸術家がよくパーティで着ていた積め襟を発案し、ドイツ観念主義そのままに精神世界を放浪されていた。
 だって、作品を作る前に体操したりするんだぜ。
 思いつめた横顔は、旧日本軍の高級参謀のようでもあり、これはたいへんだわという按配で、私はおつかれさまですと思った。
 奥様は、イッテンの写真を眺め、大笑いされたという。
 あなたそっくり。
 坂下氏は、私に憮然とそれを告げ、夏だというのに帽子を被った毛のない頭をすこしだけ掻いていた。
 ある大手企業のデザイン・センターでの打ち合わせの時である。
 坂下氏は、何故かは知らないが、荷風の全集を買ったのだという。
 いつか貸してくれ。
 梅雨の頃合。