水の祭の雨は白いよ 3.
 
 
 
■ 当時私は、伊皿子の坂の界隈に事務所を持っていた。眠るところはまた別にあり、歩いてゆききをしていたのだが、ま、こういう仕事ですから、仕事場に泊まることも多かった。奥の、寝床というか資料置き場という部屋からは、東京タワーがまだ見えていた。
 
 
 
■ 二台の古い一眼レフにネガのフィルムを積め、なんとはなしに祭を撮りにゆく。
 当時の読売文芸フォーラムの助手・甘木君は、中古カメラ屋の親父に騙され、全てがマニュアルのマミアなどを使っていた。露出計が動かないんすよ、とラーメン屋で語り合った記憶がある。
 私はといえば、新橋の釣り道具屋で買ったベストを羽織り、サングラスをかけ、被写体につっこんでいった。
 夢中になると廻りが見えなくなるのである。
 
 
 
■ だが、この「カメラマンごっこ用チョッキ」というのはなかなか便利なもので、本来は釣りのルアーなどを入れるところにフィルム(ネガ)を詰め、しかも二台のカメラを首からぶら下げていると、子供たちが尊敬する。
 年寄りも納得をしてくれる。
 なんという神社だったか忘れたが、夜店の裏側で煙草を吸っている十代の若者達に、撮ってくれとせがまれて仕方なく缶コーヒーを奢った覚えもある。