残されたる江戸。
■ 中公文庫にそうしたものがあって、手元にばさりと落ちてきた。
棚の中からである。
柴田流星 著。江戸川朝歌 画。
題字もいいのだが、ブックデザイン、表に出ている版画の顔がいい。
■ 江戸川朝歌というのは、竹久夢二の別名である。
表紙の版画は「治兵衛」というもので、大正五年の作。役者が頬かむりをして、顔だけがこちらを向いている。
なんとも大胆な省略。
眼の化粧と、への字に結んだ唇の紅色、そして手拭の薄青色のコントラストが絶妙の具合だった。和色でいえば「露草色」にあたるのだろうか。
ブックデザインをされたのはどなたなのか、昔から中公文庫には渋い装丁の本が多く、手に入れて十年二十年と経った頃、改めてその質の高さに驚くといったことが私には多かった。
■ 本の内容については、そのうち触れることもあるかも知れない。ないかも知れない。
装丁の中にある江戸川名義の夢二の挿画は、いまだ一般に知られる夢二調の手前といった按配で、注意深く眺めなければそのまま見逃してしまい、しかし一度振り返ってみるといった具合のひっかかりである。
「江戸芸者と踊り子」なんてところを眺めていると、僅かにモノ哀しい気分にも襲われて、当時の着物の柄なんかも、街の風景の中に置いてみたくもなるのである。