砂の岬 6.
■ こうしたある種醒めた視点からの研究は、利害関係にある当事者が表舞台より去るまで、辛抱強く待たねばならない。
冷戦の終了、ナチ体制に因縁のあった政治家、官僚、学者たちが一線を退き、新しい世代に交代していく。
前掲の「ヒトラーを支持したドイツ国民」が刊行されると、ドイツの放送局はこぞってドキュメンタリー番組を構成した。また2003年、ドイツ連邦政府政治教育局は、廉価普及版を市民教育用に発行し判を重ねているという。
同書の著者、ロバート・ジュテラリーはカナダ出身の研究者である。
しかし、そこまで断定してしまうのはやや行き過ぎではないか、という批判も同じようにある。ナチの恐怖政治の実態を知らないものだと。
■ ドイツでの密告というと、映画「善き人のためのソナタ」(Das Leben der Anderen;2006)を思い出す。
今これを書いているあいだ、私はそのイントロ部くらいしか観ていない。
同作は旧東独の秘密警察、シュタージのエージェントが主人公の物語である。
■ だが、旧ナチのゲシュタポが東独のシュタージにだけ引き継がれたと考えるのはかなりシンプルな捉え方ではなかろうか。
ナチとスターリニズムは一見極めてよく似ているのだが、それを「全体主義」という概念でのみ括ろうとするとやや無理が出てくるという指摘を、英国の歴史学者メアリー・フルブルックが行っていた(「二つのドイツ 1945-1990」(芝健介訳;岩波書店:2009)。
分かりやすい二分法ではなく、もう少し個別的にみるべきだという主張である。また、東独において密告および監視社会が最も徹底していたはずの1989-90年に、ベルリンの壁が崩れたのは何故かという命題も残っていた。