夏のはじめ。
■ 葉子はニュウ・グランドホテルの回転ドアの前に立っていた。
雨ではあるが、その上にはテントがあり、ところどころ切れた細かい電球が垂れ下がっている。
平日の深夜、海岸通りにはほとんど人影がなかった。
ドアの前で私は車から降りなかった。手を振って軽やかに立つことができたら、などと煙草を捜しながらすこし思った。
「かわらないわね」
葉子はそう言って助手席に脚を揃える。
「こりないわね」
と、呟いているようにきこえる。
■ 生意気な口をきく若い女というのはいるもので、30から40代の男たちはそういう存在に弱い。
磨けば光る、といった場合だけではあるけれども。
当時、山下公園の辺りは車が停められた。平日の夜、それほど人気はなく、ヒップホップの兄さんたちのインパラがたむろしている訳でもない。