4インチ半のフレンチ・ヒール。
 
 
 
■ 外は雨になったようだった。
 中年の男女が隣に座った。
 私はチョコとラムを嘗めていた。
 ひとつ向こうに座った背広姿の男がシガリロあるかと尋ね、それは置いてないと返事され、電子式の音をさせ紙巻タバコを吸っていた。酒はヤマザキである。
 ちらりと横を向くと髪の長い女が斜めになっていて、フリースの素材のような豹柄の上を着ていた。
 豹柄と黒いミニ。
 ふたりは建築関係の用語を使っている。
 使い方が硬いので、その周辺の業種だろう。
 
 
 
■「ジョン・ヴィドリーは身長六フィート二インチ、ハリウッドきっての完璧な横顔を持っていた。肌の色はあさぐろく、人づきあいに如才ががなくて、甘い雰囲気があり、小鬢にまじっている白髪がちょっと魅力的だった」(「ヌーン街で拾ったもの」181頁)
 すこし落ち目になったハリウッド・スターが自作自演の芝居をする。
 それがこの短編の主題だった。
 小説に出てくる車はデューセンバーグで、当時のスター御用達の一台である。
 大恐慌の頃、既にロスは車の街だった。
 ワイルダーの映画「サンセット大通り」に出てくるそれはどうだったかと言えば、イタリアのイソッタ・フラスキーニである。
 RRやイスパノ・スイザが調達できなかったからだという説もあるが、確かではない。
 
 
 
■ 私は、吸いかけのシガーに何度か火をつけた。
 クロムのライターが入っていたのでそれを使う。別になんでも構わない。
 シガーはページを捲っていると消えてしまう。半分程度になったそれは、始めの一口から味が濃かった。
 だから別れたのよ。
 と、隣の女が言っている。
 男は半分に聞いて、カラコロとグラスを振っている。