■ 私は葉子に尋ねてみた。
 昨年、葉子は北沢に拉致された。その際、覚醒剤を使われたとして暫く警察病院で治療を受けた。
「わたし、覚醒剤は始めてだったの。髪の毛が逆立つような、息が苦しくて手と足が細かく震えたわ。あと、喉が乾いたことを覚えている」
 これらの症状は、覚醒剤自体が自律神経に影響を及ぼすことからくる。
「病院では薬を出されたわ。多分抗精神薬だとおもう。個室だったからよくわからないけど、二三日寒気と何かひとの声がきこえた」
 
 葉子はアップジョン社系の睡眠薬を常用していた。
 常用量依存である。何かの治療で処方されたものに対し、漫然とした依存が起こり、やめることができなくなる。
 葉子の睡眠薬の常用が、一度の覚醒剤使用に対し過敏な反応を引き起こした原因ではないかと私には思われた。
 覚醒剤の中毒になった者は、仮に覚醒剤の使用を中止しても、僅かなアルコール、睡眠薬などで症状の再現をみるという。逆耐性現象というらしい。
 また、幻覚・幻聴などが再現することをフラッシュバックという。覚醒剤の怖さは、使用を中止したからといってその影響からたやすく逃れることができず、人格の基底部分を変えてしまうところにあった。
「叫んでいるひとがいたわ、虫がよってくるというのよ。後ね、殺しにくるからここから出せと暴れているひともいた」
「男か」
「ううん、女もいた。わたしより若いの。痩せてね、下着だけの姿でベットに縛られているのをみたわ」
「葉子はどんな声がきこえたんだ」
「おまえなんか意味のない人間だ、って顔の溶けた男と女が傍にきて言うのよ」
「今はどう思う」
「時々そうおもうわ」
「じゃあ正常だ」
 私は水で割ったウィスキーをつくった。