二一 湿度ある沼
■ 晃子はワインを半分以上あけていた。次第に酔いが廻ってくるのがわかる。結局、まともなことはなにひとつ話さなかった。
葉子のこと、奥山のこと、フィリピン共産党の武装集団、遠く連なっている赤軍やそれと結びついている様々なボランティア組織のこと。北沢とは何者なのか。ひとつひとつは別々なのだが、それらは細い糸で繋がっている。
「泊まってく」
晃子が唐突に尋ねた。時計をみると十二時に近い。
寝ましょうか、と聞かれているのかと思った。
「ベット、ひとつしかないんだろう」
「どうかしら」
すこしだけ心が乱れた。振幅が顔に出たかも知れない。
「やめとくよ」
「彼女に悪いから」
そうじゃない。別に悪いとも思わない。その気がない訳でもない。ただ、なんだかモラルに反するような気がするのだ。そんなことを口にするのが嫌なので、黙っていた。
その時、電話が鳴った。晃子が椅子から立ち上がり受話器を取る。
晃子の顔色が変わる。カーテンを開けて外を見ようとする。
「北沢がきてるわ」
黒い瞳が大きく見開かれている。
私は受話器を晃子から受け取った。耳にあてると低い声が笑った。