■ 夜はまだ浅く、横羽線もとりあえず流れている。
横浜スタジアムの手前で高速を降り、税関のある方角に曲がった。
ビルは税関からすこし入った脇道にあった。五階建、二十年は経っているだろう。外側に細い階段がある。法律事務所と会計事務所、「公洋貿易」と書かれた会社の横浜支店がある。いくつかのプレートは空白になっていた。最上階を除くと灯りはついていない。階段を昇ろうとしたが、カメラがあることに気付いた。ダミーかも知れないがわからない。葉子が関係したという市民団体はどの階にあったのか。他の事務所と共同だったのかも知れない。
税関を離れ海岸通りに近づくと、運河沿いのホテルがみえた。夏の始め、そこで葉子を待っていたことを思いだした。
港のみえる丘の公園へ昇ってゆく急な坂道がある。その先は陸橋になっていて、片側に車を駐める場所があった。多摩ナンバーのホンダの後ろにカマロを駐め、晃子と元町を歩くことにした。
街は変わっていたが薄い匂いは同じだ。あれから十年が経っている。
「あそこにあるコート、これが終わったら買いなさいね」
晃子がショー・ウィンドーを指さす。紫の混じった伊製のウールだ。晃子には似合うだろう。
「バーゲンまで待ってくれよな」
「ふふ」
そういえばそんな笑い方はしなかった。
若さはいつも切実で、知らずに相手を追いつめていた。自分だけが夢をみていると思い上がっていたのだ。
輸入雑貨屋でワインを買った。これは旨いのだと晃子は主張する。コーヒーの豆も挽いて貰った。晃子は下着と化粧品を買い、私は煙草を吸いながら店の外の歩道で漠然と立っていた。荷物を渡されて持つ。
中華街の外れの店で、排骨炒飯と数品を頼んだ。
晃子は鳥肉が苦手だったことを思いだした。
「ねえ、あなた、昔はビールなんかついでくれなかったわよ」
晃子は笑っている。しかもよく食う。
カマロに戻り、すこし遠回りをすることにした。埠頭のひとつに入り車を停めた。ラジオが古い曲を流している。けれども、向こう岸はみえない。
「どうして別れたんだ」
「逆の理由。わたしが浮気をしたの」
産毛を風が撫でてゆくような気持だ。
「昔は金がなかった」
「今だって、そうじゃない」
すこし歩いた。コンテナの傍で唇をみたが、近づくとすこし怖かった。
「傷を嘗めて」
晃子が言う。ブラウスのボタンを外し、唇を胸に近づける。
塩だ。