二 夏のはじめ
■ 葉子はニュウ・グランドホテルの回転ドアの前に立っていた。
雨ではあるが、その上にはテントがあり、ところどころ切れた細かい電球が垂れ下がっている。平日の深夜、海岸通りにはほとんど人影がなかった。
ドアの前で私は車から降りなかった。手を振って軽やかに立つことができたら、などと煙草を捜しながらすこし思った。
「かわらないわね」
葉子はそう言って助手席に脚を揃える。
「こりないわね」
と、呟いているようにきこえる。
本牧の外れ、埠頭の引込線を越え、破れた鉄条網を足で踏むと堤防にでられる。
昼の熱を保ち、粘るような海があって、運河を広くしただけのようにもみえている。
向こうには時折炎が見え隠れし、その脇を通ったのかと思った。
「メンソールじゃないのね」
私の煙草を一本くわえ、葉子は唇の端で火をつけた。
「妊娠してると、欲しくないんだよな」
少年が呟いているようにきこえた。爪先を眺めると新しいヒールである。
葉子は膝を肩よりもひらき、右手を海へ突き出した。
手首を左手でつかんで胸の上まで持ち上げ、片目をつぶっている。
狙いは、対岸の炎のようでもある。
まだ撃たない。