八 スィング
■ 劇場の地下に車をとりにゆき、マンションまで引き返して晃子を乗せた。荷物は横にしてトランクに入れた。
細い路地を曲がってビリヤード屋の傍に車を停める。晃子には暫く車の中にいてもらうことにした。
二階にあがると吉川は既に来ていた。赤い玉を右手にもち、太い指先で廻そうとしている。彼は黒いスーツに蝶ネクタイをしていた。腹をつき出し、全てがわかっているといった様子を見せた。
「もうひとり連れて来た」
壁の傍の古い椅子に、灰色のスーツを着た三十代の男が座っていた。私よりすこし年下のように思えた。髪をきちんと分け、度の強そうな銀色の眼鏡をかけている。
「拳銃と格闘技、それから哲学に詳しい」
「よろしく、奥山です」
近づいて挨拶をする。どう判断するべきか暫く迷った。迷っている段階ではないことも知っている。
「俺は運転できないしな」
吉川はその腹を無意識に撫でている。店に他の客はいない。一時のブームは去ったのだろう。台が三組あって、その上には真鍮の傘のスタンドがぶら下がっている。一階には髪をポマードで撫でつけた、その世代からすると背の高い店主がいて、いつもラジオを聴いていた。テレビでないのをいぶかると、あんな下品なもの見られますか、と笑われたことがある。