日の移ろい。
 
 
 
■ ここでふと思い立って、島尾敏夫さんについて書いた緑坂を引っ張ってくる。
○昔坂 93年の4月。
 

 
     みんな歌いながら通り過ぎる。
 
 
 
■ 先日、島尾敏夫の「日の移ろい」という本を買った。島尾さんは「死の棘」の作者である。映画とビデオになっているから、視たかも知れない。
 ぱらぱらと捲っていると、なかなか面白い箇所があった。写してみる。
 
 八月三十一日
 明け方に私はぐっすり眠っている妻の寝姿をしばらく眺めていた。腰が痛むらしく、ときおり、あっ、とか、おっとか声に出している。妻の性格がみんなその中に凝縮されているみたいな感じがしてきた。その声は妻のほかの誰も出すことはできない。
 からだがだるくて仕事がしたくない。若い日の日々はもう帰ってこない。図書館に勉強にくる子どもらの声がきょうはことのほか横着にきこえ、とてもいやだ。
(島尾敏夫『日の移ろい』中公文庫版より)
 
 
 
■ 帰ってみると、自分の妻が部屋の壁に向かい、額をうちつけていた。
 というのは、とてもこわい話である。そう思って読むと、じわじわと滲み出てくるものがある。しかし、妙に笑えてしまう。身に覚えがある。
「さんじゅうろく歳の秋だから、元祖天才バカボンのパパだから、冷たい目でみないで」
 と、自転車に乗って歌いながら通り過ぎてゆこうかな、と言った按配である。