地裁のパンチパーマ 2.
■ 時間があったので地下へ降りてゆく。
まだ、人気の乏しい地下界隈に床屋があり、そこに貼ってある見本がアイパーであり、もうすこし言えばいわゆるパンチパーマであることに気が付いた。
思わず小型のデジタルカメラを取り出そうと思ってやめにした。
ここでパンチをかける人がいるのである。
■ それから喫煙室に入って漠然としていると、つまりここが社会学的にどういう場所であるのかということを認識する。
なになにさん、来ていますか。
と呼ばれるのは、明るいとこで見てはいけない、金ラメの文字の入ったブランド物のTシャツを着ている遥かかなたのお姐さんであった。
昔、鶯谷でみかけたような気もした。
彼女はどうしてこんなに色が黒いのか不思議である。
その横には上から下までエルメスの人がいて、顔だけが平坦なのだが、かつての日活映画そのままに犬歯で長い煙草を咥えている。洋モクだ。
歳の頃は、夜であれば25歳、実際はそれに10を加える。
背の低い、青い背広を着た弁護士だろう方と共に喫煙室を出てゆく。
■ 苛々とニコチンを補給している男や女たちをサングラス(プラダ)越しに眺めている。
これは何処かで見た光景なのだが、確か運転免許の講習や、あるいは免停の手続きの時の風情にも似ている。
あるいは、外科で入った病院の、松葉杖をついて集まる喫煙室の空気だろうか。
モータの廻る喫煙用機材の手前に、黒いシャツを着た四十代の男がいた。
ちらちらと私を見るのだが、見ているのは私ではなく、自分の置かれた状態に対する確認であって、たまたま傍に私が立っていただけであった。
彼の肌は黒い。かつてパンチだっただろう髪はすこし白髪で、忙しく眺める腕時計はプラスチックの液晶の黄色である。老眼が始まると使えないものだ。
彼は一本を三回吸い、痰壷のような灰皿に投げ込んでは繰り返している。
その日は台風が近く、ガラス越しに眺めると白い雲が、官庁街の隙間を忙しく盛り上がったり縮んだりしていた。