ジンの濃縮。
 
 
 
■ を、くれ。
 とは、谷崎潤一郎も芥川も決して言わなかっただろう。
 彼らは上海郊外に広がる、広大な水路を軸に上海と日本の近代化を相対化した。
 谷崎は水路に沈む肌の白い女を夢想し、芥川はそれ以後の急速に汚れてゆく水の塵埃に拒絶反応を示してゆく。
 
 
 
■ ある酒場で、私はジンのストレートを嘗めた。
 七十年経っているという煉瓦のビルの一階にある。
 女たちは片言の英語を解し、それでいて二階にある洗面台にはタイルの上にかつてのフォルクスワーゲンを逆さにしたバスタブが置いてあった。
 その隣で小便をするようになっている。
 
 
 
■ ジンは冷えていず、もちろんキックもなく、彼女は確かゴードンから注いだとは思うのだが、あの松と香料の匂いはしてこない。
 それでいて、日本円でかなりの払いだったのだから、成程ということになる。
 昭和30年代半ば、自分達の父の世代が、粋がって本牧や新橋で遊んでいた頃と同じカラクリなのである。