ううん、わたしを買ってよ。
 
 
 
■「夜の魚 外灘」、つまりこの二部では、余計な文章がいくつも含まれている。
 誰々がこう言った。などのことを指すが、これは多分前作一部の反省からだろう。
 一部は全体として硬質で、削れるだけ削った文章であったと思う。
 今それをもう一度書け、と言われるとその自信はない。
 反面、分かり難いという指摘もあり、そこからこの二部では、蛇足ではないかと思われるほど解説の一文を入れることになっている。
 どちらが良いのか、読者が判断することでもあるのだが、実はこれは体調にもよる。
 
 
 
■ 上海というのは野鶏の都市であったといわれる。
 最盛期の1930年代には、上海市の人口360万人、女性が150万人対して、私娼が約10万人。15人にひとりがそのような立場だった。
 上海の娼妓は全部で十七種類。書寓、長三、花煙間、野鶏などがその名前であるが、中でも野鶏は最も低い階層のそれで、半ばストリートガールであると考えれば良い。我が国で言えば夜鷹であろうか。
 こうした悪所は、とりわけフランス租界を中心として栄える。
 租界については後でも触れるが、イギリス租界とフランス租界が、半ば公娼制度を採ったため、中国当局の意向とは逆の近代化が進んだのだとも言えた。
 
 
 
■ 小説とは嘘を書くことであるが、この「冴」という名の女も、設定をどうするかいくらか迷った覚えがある。
 上海のクラブというか酒場で、カラオケ用のモニターに若かった頃のテレサ・テンが映っていた。彼女には根強い人気があり、ホステスたちは中国語版の彼女の歌を合唱していた。
 私が想定した「冴」という女は、もう少し細い顔つきなのだが、確かに上海には幸が薄そうな、それでいて腰の辺りがしっかりした女たちが何人かいた。