雪中多情剣。
 
 
 
■ 昨夜、薄い頭痛がして早く休んだ。
 妙に静かな夜を過ごしたかと思うと、朝には一面の雪景色になっている。
 仕事場の窓ガラスに渦をまいて雪が吹きつけている。
 眼前の庭の樹木は短い間だけ白く粉をまぶしたようになっていた。
 三月に雪が降ることは珍しくもないが、のろのろと仕事をする。
 PCが作業をしているあいだ、壊れかけたソファの上で市川雷蔵について書かれた本をめくっていた。
 足元が冷たい。
 
 
 
■ 高輪警察所へ続く坂道には、柴田錬三郎さんの屋敷があった。
 柴田さんは、眠狂四郎、生みの親である。
 細い裏道を抜けると公園があって、そこには独りの浮浪者が永く住んでいたが今その姿はない。彼はまだ若かった。
 急な階段を昇ってゆくとプリンスの旧館があって、柴田さんはそのテイールームを普段打ち合わせの場所に使っていた。
 今となってはやや古いホテルの風情は、つまり無駄が多く、私はそこにあるバーへ時々黒ビールを飲みにいったことがある。
 背の高いところにある新館のそことは酒の味が違い、どちらかというと女性の姿は少なかった。
 いつぞや、ホテルのバーテンダーが集まるコンテストのようなものがあって、流れで私も顔を出した。クロークで順番を待っているとやや痩せた男が前にいる。互いに顔を見合わせて、あ、などと挨拶を交わしたのだが、彼は旧館のチーフであった。
 黒服を着ていないからすぐには分からない。が、明るいところで眺める姿は、やはりカウンターの中とはいささか異なっても見えた。
 
 
 
■ 冬のある日、外で打ち合わせを済ませて戻る。
 電車で動いた後、そのまま歩いて一杯を飲みにゆく。
 ひとりになりたいから、と言えば聞こえは良いが、何か無駄なことをしたかったのかも知れない。決して懐が暖かい訳でもなく、つまみなど一切取らないで暫く漠然としているだけなのだが、何かを持ち帰るのがいやだったような気もする。
 雷蔵が演じた、眠狂四郎のビデオは何本か片付けてある。
 何処といって密度ある傑作という訳でもないのだが、時々その黒い着流し姿や、鼻の下を僅かに伸ばすかのように話す、雷蔵の声を聞いてみたくもなるのだ。