崩れ。
 
 
 
■ すこし散歩をしながら、頼まれ仕事のコピーの出来を反芻していた。
 車を点検に出したので、いたしかたなく歩く。
 私は酒を飲むと、二時間でも三時間でも歩く癖があるのだが、普段は地下鉄の階段も億劫である。大手町や六本木一丁目の駅などは、ほぼ途方にくれながら歩くことになる。
 この世に地獄というものがもしあるとすれば、冬の山手線の新宿?池袋間だ、と書いていたのは「ほんま りう」さんの絵による「真夜中の犬」であった。原作は関川夏央。
 この漫画は、後に奥田瑛二氏の主演で映画になっている。
 原作では西巣鴨のガスタンク傍のビリヤード屋の二階に探偵が棲んでいて、妙に官能的な女性が厄介な依頼に訪れる。訳ありの女。
 
 
 
■ 胸の大きな、妙に男心をそそる女優が濡れ場のシーンを演じていた。
 それが誰だったか覚えていない。
 上等なスーツを着ていても、最後のところで崩れが滲むというような、湿った粉の匂いのする女がいるものだが、大井競馬場の帰り、そんな女と口を利いたら最後である。
 
 
 
■ 幸田文さんには「崩れ」というエッセイがあるが、幸田さんの作品の愁眉といえば、実際に芸者置屋にお手伝いとして入った体験を描いた「流れる」だろうか。
 中に、これはと思う描写がいくつもあるのだが、今書棚を捜すのも野暮なのでやめておく。
 緑坂読者で、三十を過ぎた妙齢中ほどの方がおられたら、ご一読を。
 若い頃には分からない、女の始末が事細かに描かれている。