坂の盛衰。
 
 
 
■ かつて私が居た仕事場は、坂の途中にあった。
 斜め向かいには国営放送の交響楽団があり、前には小さなホテルがあった。
 時々そのバーで酒を嘗めていたのだが、国産のジンをボトル・キープしていたのだから仕方がない。洒落でやってくれていたのだろうと思っている。
 バーテンダーは確か四国の出身で、薄い髪をしていた。
 大井町に旨いイクラ丼を食わせる店があると教えてもらい、食べにいったこともある。 それほどでもなかった訳だが。
 
 
 
■ バブル終わりの頃、ホテル前には何時もBMWや小さなベンツが並ぶようになった。
 連日パーティのようなものが催され、黒い服に着替えた証券マンと思しき男がワンレンの女を迎えにくる光景が見られた。
 交響楽団の演奏家や指揮者だろう方が乗っていた、古いアルファのスパイダーなどは見かけなくなってゆく。マニュアルで、エアコンなどはつかない、かすれた赤色をしていた。
 そうこうしているうちにホテルそのものが無くなる。地上げにあったのだ。
 数年放置されていたのだが、とある新興宗教が本殿を作る。
 沢山本を読めばそれだけ階層が上がるという仕組みの、偏差値に拘りのある方々に親和性の高い教義である。
 私も周囲からその本を何度も薦められた。ダンボールで送ってくれた、客室添乗員のおねえさんもおられた。悪気はないのでとても扱いに困る。電話で感想を尋ねないでくれ。
 
 
 
■ どこか無駄のある、のんびりした風情は次第に薄くなってゆく。
 ワンルームマンションがいくつも出来て、一方で古くからのそれは廃屋のようにもなる。
 坂の上の元々武家屋敷の跡だった駐車場には、シトロエンのSMなどがしれっと駐まっていて、小雨降る六月の夜などに暫く眺めていたこともあったが、そこも中堅のゼネコンがマンションにした。代理店や大手出版社に勤める方々がぱらぱらと住んでいる。
 道端でカップラーメンを食べる若者達が増えるようになった頃から、ここはそろそろいいのかなと思うことが指折りになる。
 そればかりではないが、時代の変化の中で坂にもその寿命のようなものがあるのかとも思えた。ひとつにあるものが集約されれば、その周囲は荒んでゆく。
 決して窓から東京タワーが見えなくなってしまったからではない。