かげろう。
■ 背の高いビルの窓から眺めると、街が揺れている。
温くなったギネスと、乾いてしまったシガレロで時間をつぶす。
冬の葉巻やシガレロは、時々霧吹きで水気をやらないといけない。
葉にまとまりがなくなるのだ。
数本吸うと、髪の毛が葉巻臭くなった。
■ 中国製だという黒いパンツを履いて、ここへ来る前私は立ち食い蕎麦で天丼を食べた。小梅をふたつ。舌先が赤くなる。乾いた味噌汁。
十二月の雑踏のなかで、自分は何をしているのだろうと考える。
ポケットには僅かな金。持っているデジカメと携帯。腕時計は今日は安い方だ。だからどうした。
それよりも上等な靴下の一組が欲しい。ざっくりしたウールのそれが何処にあるのか、最近は冬でも綿のものを履くのだと、化粧を落とすと自分の母親くらいの歳のデパートの売り子が言っていた。
昔、いい靴下は風呂場で洗っていた。ヒーターの前のステンレスの干し台に置く。
最近ではそういうこともしなくなった。
GMの乾燥機が廻るからである。
■ 男らしさとはやせ我慢のことだ。
と書いたのは、山口瞳さんである。
こういうことを端的に言ってのけたのだから、山口さんは凄い。
と思うのだが、その期間は山口さんにとって数年しか続かなかった。後年、そのことをご自分で振り返られている。
誰にでも旬と呼ばれる時があって、一説にはそれは三年でしかないという。時代が本人と添い寝しているかのような、不思議な勢いのある期間。前のめりに、つんのめるように歩いているような頃合。
いずれにしても、ひとは違うものになってゆく。
歳をとっても笑った顔しか見せられない男は嫌だな。
そんなことを考えていたら、強い酒が欲しくなった。