暗闇坂。
 
 
 
■ 所用の電話をいくつか済ませ、漠然としている。
 〆切もあるのだが、なかなか最初の一文にとりかかれないでいた。
 東京という街は案外に坂が多い。
 港区界隈には、坂の途中に表札のようなものが立っていて、坂の名前とその由来が記してある。
 設置されてから暫く時間が経ったのだろう。毛筆で書かれた文字は木の色に溶け込んでしまっているところもあった。
 
 
 
■ 横関さんの前掲書を眺めると、「暗闇坂」というのはまずは新宿にある。後は文京区、元の教育大の傍の
坂をそういう。大田区山王にもあるし、本郷七丁目界隈、つまりは東大の脇の道をもそう呼ぶ。
 元麻布界隈、オーストリア大使館前の坂も「暗闇坂」と呼ばれた。
 いくつかには別名もあって、芥坂、乞食坂、宮村坂など、ところどころでその呼び方は異なっている。
 
 
 
■ 真っ暗な坂道であったから「暗闇坂」と呼ばれたのだけれども、なんとはなしにここで発想は飛ぶ。
 まず紋が大きく現れる。それが黒い着流しの背中であることに気づいて、これが映画のオープニングであった。
 確か「眠狂四郎」の何作目だったか。
 眠とは、転びバテレンの子、虚無的な浪人者である。
 大映映画では、市川雷蔵が演じた。
 あまり映画をビデオに収録しておくという趣味のない私だが、年に数度、ぼんやりと見返したりしている。