「夜の魚」

「夜の魚」一部 vol.14

 
 
 
■ 葉子は戻らなかった。
 昼近くになった。のろのろチェックアウトを済ませることにする。
 フロントにゆくと車の鍵を出された。いぶかると、今朝がた預けられたのだという。
「荷物はトランクだそうです」
 開けると、宅急便の紙袋がある。持とうとするが、不思議に重い。
 私は車を出し、路地の方角に曲がろうとする。通りは汗ばんで、曇ってはいるがそう混んでもいない。ブロックの前に車を置き、大桟橋の横の路地から埠頭の奥へ歩くことにした。
 埠頭は鉄と濁った暴力の後味が匂っている。
 煙草を吸ってみようと思うのだが、何故だか思いとどまった。一台のユンボの脇を通り抜け、明るい通りに出ると警官が立っている。
 水上警察だ。軽く会釈して看板を眺めると、「行方不明の人を捜す月間」と書いてある。看板にはビニールがかかっていて画鋲でとめてある。
 紙袋の中には弾倉を別にしたトカレフがあった。

「夜の魚」一部 vol.13

 
 
 
■ 蛍光燈を四隅に張り付けたようなビルが右手に立っている。
 私は車に上着を忘れたことに気付いた。仕方なく目の前にある牛丼屋に入ることにした。シルダク、と叫んでいる若い男がいる。波を打った大味な牛肉を半分だけ食べ、私は店を出た。
 ブルーノートのジャケットが何枚か飾ってある階段をみつけた。
 重苦しい音なんだろう、と階段を降りドアを開けた。客はいなく、使い込まれた音が流れている。チョッキを着た白髪の店主がグラスを拭いている。私はジン・ライムを頼んだ。すこしだけ甘く、高校生になったような気分だった。真空管、多分マランツだろう、アイク・ケベックのボサノバが流れ、そういえば夏も終わるのだな、と同じものを二杯飲んだ。
 歩いてホテルの部屋に戻り、風呂に入った。
 
 どうしてここにいるのだろう。私は何をしているんだろう。そういえば事務所に連絡をしていない。この部屋にはベットがふたつあって、そのひとつだけを使った。暫く前まで抉るようなかたちで重なっていたことを思いだし、不思議な気持になった。
 十二時を廻ったが葉子は戻らない。
 備えてある厚いグラスで、私は持ち込んだウィスキーを嘗めた。グラスには紙が被さっていて、紙には細かな皺が寄っている。
 カーテンを開けても外はみえない。みえるのはコンクリの橋桁で、部分的に青い照明があたっている。雲の反射なのか、その上の空は鈍い灰白色をしている。
 枕の上に長い髪の毛が一本落ちていた。拾ってみる。暫く指先で遊んでから捨てることにした。煙草を消して横になった。そのまま曖昧になってゆく。