■ 私は街に出ることにした。
足りるかどうか、あるだけの現金を持ち、麻のズボンを履いて車を拾った。
波止場にて、粗いシャツを着ていたマーロン・ブランドは頬に脱脂綿をつめ、家族の愛について眼の下に隈を入れた。
ニューヨークの歌姫と呼ばれたヘレン・メリルはそれから太り、ママ・コルシオーネと呼ばれることになる。
表には出ないけれども、民族という境界というのは確かにある。
盛り場に行って、立っている看板の文字を眺めてみると良い。近くには眼光の鋭い若い男が立っていて、スーツのズボンでは入ることが出来ない。乱れた英語を使い、すくめるような視線に耐え、私は店に入る。
強い香水の匂いが漂い、それは半ば黒い肌の色を隠すもののようにも思われた。
有線が入っているのだろう。ダイナ・ワシントンが澄んだ声で歌っている。
安いスカーフを腰に巻いた女が傍による。
私は色のないテキーラを頼むことにした。
男達の視線がすこしだけ他に逸れる。フロアの中では、靴クリームのような肌色をした男と女が手を振り腰を揺らしている。
新宿。その外れの街で、私は弾を買うことはできなかった。
そもそも、何の為に買おうとするのかわからなかった。
「夜の魚」
「夜の魚」一部 vol.15
三 九月
■ 私は日常に戻った。
夏はゆるゆると過ぎ、短い女と別れた。エアコンのフィルターが汚れている。冷蔵庫の扉に磁石があって、間に紙が挟んである。燃えないゴミは木曜なのだ。
九月になった。取材にゆくひとを送りに空港まで出た。
長い橋桁を渡ると、見通せる食堂がある。夜なので、蒼い光が繋がっている。
「でね、こんどはさ」
彼も彼女も、とりあえずのコンセプトということを語っている。皿は奇麗だが、輸入された牛の内蔵を混ぜ合わせたハンバーグを食べている。
部屋に戻り、ソファの上で紙袋を開いた。袋はビニールコーティングしてあり、中にはハンド・タオルに包まれた拳銃がある。
弾倉を開くと、二発使われていた。思ったよりも硬いスプリングを親指
で押しのけ、銃弾のひとつを取り出してみた。先は鈍い鉛になっている。弾を指先で暫く廻してから、唇に挟んでみた。案外に重い。舌を尖らせると曇った味がする。