■ 私たちは紙コップで薄いコーヒーを飲んでいた。
奥山が一度外に出て、幾つかのものと一緒に持ち込んだのである。
「わたしが資料室の端末を操作したことが知られたのね。アクセスの記録が残ることを忘れていたんだわ」
晃子が言う。
「うちの社にもシンパはいる。裏で組織へ情報を流したり援助を行っているんだ。金が絡んでいる。フィリピンや中国ってのは、今じゃ共栄圏のひとつだからな」
吉川が言うと、どうしてかもっともらしい。
CPPは直接表面に出ないが、様々なかたちで日本の企業・団体に接近を謀っていると晃子が説明した。どのような形かは定かでない。公安も一定部分では掌握していて、慰安婦に関係する特定の団体が抗議行動をする場合、機動隊の車両が待機していることもあるという。背後に過激な組織が関与していることを薄々掴んでいるからだろうか。
何本煙草を吸っても一定のところからはみえなかった。
私は何を聞くべきかを忘れていた。吉川が箱を壊し、羽毛布団を取り出してきた。ドアの向こうで眠るという。
「大丈夫ですよ、あのひとは。見掛けよりも純情なんです」
奥山が言う。なんだかそんな気もする。携帯電話を晃子に渡し、私は東金に戻ろうと思った。後のことを頼んで階段を降り、BMWに戻ることにした。
「夜の魚」
「夜の魚」一部 vol.43
■ 千葉へ続く背の高い橋がみえている。
港は狭くなり、その脇にはクロームと模造大理石が貼られたビルが幾つも並んでいる。
この辺りにビルができ始めたのはここ数年だ。中程はいつも空いている。夜になっても蛍光燈がつかない。倉庫はその一角にあった。隣接する比較的広い駐車場に車を駐め、四階までの階段を私達は昇った。吉川が晃子の荷物を持った。
「エレベーターの電気がないんだ」
吉川が振り向きながら言う。中に入ると段ボールが無数に詰まれている。
「売れ残った羽毛布団だ。ここなら匂いもない」
廊下のようなものを進み、一番奥の部屋の鍵を開けると、そこは整備された個室になっていた。見たところ、普段泊まるビジネスホテルよりまともかも知れない。簡単なソファとカーテンで仕切られた奥にベットがある。
「まあ、ここに居るしかない訳ね」
晃子は黒いビニールのソファに座り脚を組んだ。もういいんだ、という顔をして窓を眺めた。芝の方角、タワーからはだいぶある。
「さっきの女は残留二世でね、北京の大学を出ている。結婚もしていたようだが、別れてこちらにきているんだ」
吉川が説明する。スタンドの女のことを言っているのだろう。
「暫く前まで銀座でホステスをしていたが、今はそうした二世の連絡係のようなことをやっている」
「吉川さん、だいぶ通いましたね」
「うるせえんだよ」
私は奥山のがっしりした腰のあたりを眺めていた。とりあえず、こいつに任せておけば良いだろうという気になった。
「それはそれとして、なんで銃の弾を持っているんだ」
「そんなものは幾らでも手に入る」
吉川はうそぶいた。
「昔、俺はあの辺りで捕まったんだ」
吉川は窓から細い運河のようなものを指さしている。誰もきいていない。もういいんだよ。