■ 十二月になった。
地下鉄の階段を降りると、眼の黒い外国人がふたり昇ってきた。黒いナイロンのジャンパーを着ている。楽しそうでもない。
私は坂道を脚を引きずりながら歩いていた。
車のライトがぼやけてみえる。霧が出ている。一歩踏み出す毎に脇腹がひきつる。糸は抜いたが、まだ皮が薄いのだ。
私は神奈川の丘陵の上に立つ病院に入っていた。
そこは新・新宗教の団体が持っているもので、ぼんやり隠れているには都合が良かった。傷を整形するかと聞かれたが、更に期間が延びるので断った。
吉川はまだ入っている。
弾は脇腹から入り、肋骨を折って背中に抜けたのだ。至近距離ではなかったことと、二十二口径だったので軽く済んだ。
手配は全て奥山が行った。病院を選んだのも彼だ。
晃子が携帯電話で奥山を呼ぶと、セドリックのシートに炭酸カルシウムの袋を何枚も敷き、アンプルと錠剤を持って背広で現れた。
私は車の中で、奥山に渡された錠剤を薄いコーヒーで飲んだ。そこからの記憶がない。
吉川の重い躯をどのように運んだのか、今でもそれがすこし不思議だ。
気付くと傍には看護婦がいた。白衣ではなく薄い桃色の制服を着ていた。
「夜の魚」
「夜の魚」一部 vol.57
十三 十二月
■ ブラウスの胸元から白い谷間がみえている。
晃子が何かいいながらバスタオルで腹の上を押さえている。
このまま死ぬ訳はないとおもっていた。
寒気がする。顎の下が震える。
晃子が頬を叩いている。
なんて気丈な女なんだ。まるでオフクロみたいだ。
腹の中が熱い。
娘は泣くだろうか、奴と一緒に笑うのだろうか。
奴。そういえば中野のアパートに見舞いにきてくれたことがあった。チェックのスカートを履いて、女子大ってのは何処か野暮ったい。
その野暮ったさが良かったんだから、俺もプチブルだ。
あれは冬の始めだった。旨くゆかなかったけれど、奴が初めてだったせいだ。 多分初めてだったんだろう。次からは旨くいった。
俺をクンづけで呼びやがった。卒業するまでそうだった。
俺は何をしてたんだろう。今はなんだ。撃たれたのは始めてだ。
痛いのか寒いのかどっちかにして貰いたい。
眼をつぶっていることにする。
俺は三十女の柔らかい胸が好きなんだ。