■「撃った時、どんな気分がした」
私は尋ねた。葉子の眼が光り、フンと鼻が上をむく。耳が隠れる程伸びた髪が一度開き、躯を起こしてこちらを向いた。
悲しんでいる訳でもない。怖がってもいない。葉子の姿はとりとめがない。
私の座っている椅子の傍により、葉子は猫のように跪いた。
私のバスローブを開く。スイッチが切り替わったのだとわかった。
葉子が私を誘ったのはなんのせいか。
話したのは何処までが本当か。自分がわからなくなるという。ノルビックの詩を覚えたのは私が喜ぶとおもったのか。
女の敵は女だという。
目線で、あるいは隠された口紅の下で、若い女は毎日何人かの同性を殺している。
しかし、本当に銃を打つ訳ではない。そのように訓練されたひとがいることを私は知っている。撃たなければならない国に住んでいるひとも。中国の狐のような女は、北沢の女のひとりだった。葉子は北沢の子を孕んでいた。
空調の音が微かにする。
舌先が太股の内側を遊んでいる。
髪が触れる。
まだ一度にはゆかない。私は葉子を押しのけた。
「倉庫で晃子と何を話していたんだ」
口紅がとれている。鼻の廻りに細かい皺がよって唇を丸めた。不満なのだ。
「晃子さんは、あの女に会ったら殺してやるといっていたわ」
「それだけじゃないだろう」
「ええ、あなたのことを聞かれたのよ。…あなただって共犯じゃない。銃を使わなかっただけよ」
「そうだ」
後に続く言葉を捜したが、簡単ではなかった。
腹の底でなにか冷たいものが動くのがわかった。
「夜の魚」
「夜の魚」一部 vol.73
■ 葉子は髪が伸びていた。私はグラスを持っている。
触る気持が起きるのを待っていた。
「わたしってね、たいていのことは旨くゆくんだけど、肝心なことがわからないのよ」
葉子が言った。
「こうすればこの人はこう動く、ってこともすぐにわかってね、相手に応じて器用に使いわけることもできるの」
「誰でもそうじゃないか」
「でもね、そうしていると自分がなにをしたいのか、段々わからなくなってくるの」
私は持ち込んだワインで餃子を食べていた。新築のホテルの部屋でポリ容器に醤油を垂らし、上品な餃子をつまんでいるのは不思議だ。味はいまひとつ。
壁が薄いのだろう。建物全体が合金の上に薄い石を張ったような造りだった。沢山のひとの声が微かに響いている。
「よく予約できたな」
「父に頼んだの」
「親父さんは何処にいるんだ」
「上海」
「上海で何をしているんだ」
「ビールを売っているのよ」
また訳がわからない。
「卒業したら上海にゆくわ」
葉子はそう言う。
私たちは赤いワインを飲んだ。ぬるくなってきている。葉子は短いショーツ一枚になっていた。その上に備え付けのバスローブを羽織っている。
そう大きくはない胸がみえる。
まだ芯が残り、強く掴むとはじめのうちは痛がった。