アフター・ザ・ブラック・マンディ。
履歴書をグロスで書いた。
■ テキストの文字列を検索するソフトで、HDDの中を眺めてみる。
「甘く苦い島」という単語が出てくるのは、「夜の魚 三部 南春」の辺りからであった。 97年の頃合である。
ものはついでで、書き写してみる。
十四 甘く苦い島
■ 二週間が過ぎた。
通りはクリスマスの飾りつけで溢れてはいた。けれども、年々過剰になる豆電球の数とは裏腹に、町にそれ程の活気はなかった。ライトアップされた表参道のけやき並木を眺めるための渋滞がテレビ画面に映る。
十二時を廻ると目立った人影がない。若者も意味なくぶらついてはいなかった。
主要な駅前には客待ちのタクシーがアイドリングしながら目をしばたたせている。昨日までプログラムを設計していたような三十前の運転手が室内灯を点け、憮然たる顔つきでパソコン雑誌を捲っていた。
とまあ、7年前というのはまだ何処か牧歌的である。
続けて97年4月の青瓶から。
■「甘く苦い島」というのは、クレーの絵の題名であった。
困ったときのクレー頼みというのが緑坂にはあって、夜魚 3、二部の出だしはそのようになる。
アメリカで移民を制限する法律が出来たそうで、かなり波紋を呼んでいるのだけれども、そのアメリカでは1992年に大きな暴動があった。
その暴動の主体は黒人ではなく、スパニッシュやコリアン、チャイニーズという多国籍多文化の移民達が主体であったとされている。
大まかに言って、日本という国も急速にアメリカの跡を追っているようなところがある。周辺諸国からの移民や難民の話題が、ここ数年紙面をにぎわすようになっている。ものの本によると、人口流動化というのが地球的規模になっているんだという。
■ 終身雇用制度が実質的に崩壊し、年俸制や契約制が急速に普及する背後には、ゆきずまりがはっきりしてきた社会構造を、雇用の流動化によって乗り切ろうという思惑があるのかないのか。
国内においてはそのような流動化を促進する必要があり、国外からは大勢の外国人労働者が流れ込む。
そうした時代の変化を背景として、ベトナム人との四分の一混血の少女が物語に登場している。
ぼんやりしながら、どう絡ませるか考えているんです。
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