家へ帰らないか。
 
 
 
■ 地下駐車場で、ドアを開けるととたんに眼鏡が曇った。
 湿り気からだが、そういえば窓に白く結露がある。
 
 
 
■ ひとに会い、仕事をすすめ、舵取りをしようと試みる。
 いわゆるIT関係に限ったことではないのだが、一年で情勢が百八十度変わっていることがままあって、例えば数億をかけたプロジェクトが次の日に霧散していたりする。
 彼らは組織の中の勤め人で、そうなると上にゆくことができない。
 ゆけると思っていたから、その落胆はいかばかりなのだが、誰もが皆島コーサクになれる訳でもなく、またコーサクはそれなりに対価を払っている。
 彼ほど家族縁のない、配偶者に恵まれない男はいなかった。友人が自殺しても、次の週には元気に出社などしていた。元配偶者の描き方は、すこしばかり身も蓋もなかった。
 
 
 
■ 能力主義は自分に還ってくる。
 これを、ユングで言うところの影・シャドウと呼ぶことも可能だが、抑えてきたもうひとつの人格がそろそろと頭をもたげる。
 性の世界に耽溺し、緩慢な破滅を志向する三十代後半もいれば、ふてくされ、それでいて脅え、自らの立ち位置を振り返る男たちもいた。
 既存の様々な構造が壊れつつある今、ある種分かりやすいものを求めて流れる。
 雨上がりの外灘(ワイタン)の地下道で、偽ブランドを売っているまだ若い女性が近づいてきた。彼女の言葉は聞き取れないが、なんのことはない、こんどはこちらだ、というだけではないかと、私は腰の辺りでシャッターを押した。