流行。
 
 
 
■ 吉行さんの短編にそういうものがある。
 戦後まもない頃、女の友人がその時々に流行った思想やファッションを身につけ、主人公の前に顕れる。
 始めは颯爽と。次第に疲れながら。
 吉行さん本人だと思われる主人公は、その話を定点観測のように聞く。
 
 
 
■ 若い頃、といっても三十代だったとは思うが、その短編をみつけ繰り返し読んだ。
 世の中はバブルの最中で、証券や銀行にいった友人たちは空を見上げて笑っていた。
 建築の世界では、若くして独立した彼らが巨大なモニュメントを手がけてもいる。
 私は取り残されていたのかというと、半ばはそうだったのだろう。
 どちらかに行ってしまえば楽なのだが、その狭間で綱渡りをする。
 そんなことを考えながら、この奥の虫歯はもう駄目なんだろうと思っていた。
 
 
 
■ 自分を支えるものが、誰かの作品だったりフレーズだったりすることはある。
 とりわけ男の場合には、その存在自体が必要のないものだから、じたばたをくりかえす。その方向と質が、彼の資質と個性であるともいえる。
 あるときその作品の中で、女の友人がまだ稚拙な段階の整形を施し、主人公の前に顔を出す。
 オクターブ高い、これからの時代はこうよ、という口調は変わらない。
 主人公は醒めたコーヒーを前にして、彼女と会うことはもうないかも知れないと思う。
 手術のために、鼻の部分の色が変わって見えることは口にしない。