みなが同じ世界に住む日 2.
■ 青瓶に「切取線15」が掲載されている。
こう書くとあちこちが厄介なのだが、どうもITに関わっている方々のごく一部は相変わらず声が高く、あたかもバブル全盛期の頃の不動産か証券関係のひとたちと相通じる気配があるような気がして数年が過ぎた。
特徴は、妙に攻撃的なことだろうか。
乗遅れるとか、これからどうしますかとか。
○○(ここに君の好きな単語を入れよう)を知らないとこれからは生き延びてゆけないぜ。それで君今どんな仕事してんの。
あるとき会合でM&Aの会社にいる先輩に説教された。
はあ、とうつむいた時に座敷だったもので見えたのだが、先輩の靴下には穴が空いていて、これは困ったものだなと僅かに辛かった。
■ 私は電話番号を一部分公開しているので、時々勧誘の電話がかかってくる。
大体は墓石いらんかね、というものと絶対儲かるこの株は、というものが多い。
あるとき、その仕事の妙齢と話していて、君それ言えってマニュアルに書いてあるんだろう、と聞くと、そうですと答えていた。
いいかげん辞めたいと思っているんじゃないのかしら。
んん、実はそうです。
じゃ、そういうことで。
と言って電話を切ったのだが、何がそういうことだったのか自分でも分からない。
■「カジノ資本主義」という言葉が出てきたのが1988年。確か岩波だったと思う。
斉藤貴男さんが「カルト資本主義」を書かれたのが1997年。文春文庫。
グローバリズムは帝国への一極集中を生んでいるが、一方で世界はもう少し複雑であるという認識も生まれている。ギボンの「ローマ帝国興亡史」とその顛末は似ているという指摘もまんざらではない。
反体制の旗手であった団塊世代はそろそろ定年で、独り、島コーサクだけが水のように流れ取締役になった。だが不思議に登りつめたという雰囲気は希薄である。
新自由主義という幻想は、無限の偏差を生もうとしている。
最上階は12億だという高層マンションが今私の仕事場から見える。
もうじき完成するのだろう。
すこし離れたコンビニの前では、携帯のメールを打ちながら、くわえ煙草で誰かを待つ少女もいた。