暗闇坂 4.
 
 
 
■ 吉行さんが、柴田錬三郎氏の「眠狂四郎無頼控」を始めとする作品群を評したものから引用してみる。
 
 これらの作品の主人公に共通していることは、彼らは全て社会のワクに入りきれぬ、世間と馴れ合ってゆけぬ性状の持ち主であることだ。彼らは潔癖でデリケートでやさしい魂の持主である。それがあまりに過度であるために、生きてゆくうちにそれらの美徳は一層彼らを傷つける因となってしまう。彼らは、自分を傷つける存在に対して、絶えず復讐の念を招き始める。復讐の相手は、彼らの外部の人間でもあり、同時に彼らの内部にある美徳でもある。そのような方法によらなければ、彼らは生き続けてゆくことができないわけだ。そういう操作の結果、主人公は冷酷なサディスティックな外貌を示しはじめる。
- 略 -
 加虐すなわち被虐という主人公の姿勢がはっきり読み取れる作品である。
(吉行淳之介「年齢について」潮出版社:54頁)
 
 
 
■ この初稿は昭和三十三年、日本読書新聞の書評として書かれている。
 いささか青春の香りもする書き方であって、吉行さんも確かに若いのだが、大筋のところで今も当てはまる部分もある、という気はする。
 柴田氏が創出した「眠狂四郎」という異端児は、当時一世を風靡した。
 転びバテレンの子、という設定がまずは絶妙である。
 それは、ついこの間まで八紘一宇を唱えていた知識階級が、一夜にして思想的礼節を喪い、民主主義を声高に語り始めるという「流行」への、生理的な拒絶反応が根底にはある。
 例えば学生時代に読んだマルクスを捨て、背広に細いネクタイを締めて、満員の電車に揺られ通勤をしていた当時のホワイトカラー層に、些かの自嘲をこめて受け入れられた。
 
 
 
■ 吉行さんは、柴田氏から眠狂四郎のモチーフを聞いた時、その成功を少しも疑わなかったと書いている。
 柴田氏の心情が狂四郎にあざやかに乗り移っていたからだが、その作業は柴田氏にとって「アクロバット」と自称するべきものでもあった。
 逆立ちをしてみせる胸を病んだ娼婦が登場する「さかだち」という作品は、もちろん虚構ではあるのだけれども、その辺りの事情を伝え哀切である。