暗闇坂 2.
 
 
 
■ 若い頃、柴田錬三郎氏の「眠狂四郎」のシリーズを暫くのあいだ読んだ。
 することもなく、もてあましていたからだが、今思い出すとその内容のほとんどは忘れてしまっている。
 円月殺法という定番の技があるのだが、原文ではただの二行程度。
 狂四郎の剣が丸く円を描き終わらないうちに相手方の侍は地に倒れていた。
 その後に月が出ていたり、風が吹いていたりする。
 
 
 
■ 柴田さんという方は、もちろん会ったことはないが、どこか古典的なボードレリアンの系譜だったという気がする。作家にとって、何処で産まれ育ったのかという要因は案外に大事なものだけれども、つまりそれは柄とか品とかに繋がるもので、こればかりはいかんともし難い。
 若い頃の柴田さんの作品を眺めていると、相当に貧乏もしていた。
 貧乏をしながらそうでもないと痩せ我慢をすることは某かの作品を作る際の最低限度の資質ではあるが、問題はその方向である。
 
 
 
■ 私は比較的永い間、高輪界隈に住んでいた。
 建築の分野で、割と有名だという高輪消防署に昇ってゆく坂道があり、その途中に柴田さんのお屋敷がある。
 そこへ集まることを、「高輪詣」と、吉行さんが書いていたこともあった。
 吉行さんが、初めて週刊誌の連載を持ったとき、柴田さんのご指導を仰いだというかたちになっている。
 この辺りは説明をすると長くなるのだが、いわゆる新しいメディアである週刊誌が続々と発刊されたのが昭和三十年代前半。
 朝鮮戦争が終わり、世の中が次第に片付いてきたかという頃合いであった。
 柴田さんの「眠狂四郎」シリーズは、その頃に生まれてもいる。