■ 十日程過ぎただろうか。予定していた仕事が流れ、坂道を戻ってきた。
青焼き段階まで進んだ連作ポスターで、突然のキャンセルだった。これまでの経費の払いをどうするか、雨の前の気分で夜の空を眺めた。
雲があり、部分が鈍く光っている。朱色であって、なにものかの反射だということはわかっている。破格のアルファを断った際、ある程度予測はついたことだ。
〈心の友へ〉と、細い万年筆でカードには書かれていた。
「夜の魚」
「夜の魚」一部 vol.5
■ 何日か過ぎた。
私は自分の古い車で芝浦の桟橋にでかけた。
出来ていないビルがあり、その前は浮き彫りの商標が描かれた平たい倉庫になっている。痩せた五十がらみのガードマンがいて、近づくと赤い電灯を彼は左右に振る。
「寒いね」
「そりゃ、雨だからね」
階段を昇ると狭い海があって、向こう岸にはガラスのようなものが光っている。
あの夜、薔薇の花はロシア大使館の前の制服に預けてきた。
「いやでしょうけど」
というと、くすんだ笑いを浮かべ、私が何者なのか調べることもなかった。