■「ひとりで遊ぶってのも楽しいもんだぜ」
男は顔を不器用に歪め、背中に手を廻すと畳まれたモロゾフの紙袋を私に差し出した。
「弾と鍵だ。車は西銀座の駐車場にある」
痩せていないのが不思議だった。歯も白い。
「どういうことだよ」
「訳がわからないことって、まだあるんだぜ」
そう言って男は黒い毛糸の帽子を目深にかぶった。それでも笑っているらしい。
電光掲示板に、消費税率を上げる法案が衆院を通過したと流れていた。
暫定、と続けて書かれている。この国が、生きているだけで税金のかかる仕組みになって随分になる。
私は時計台の前、四丁目の交差点を渡り人混みを越えた。警官が立っている。階段を降り、黄色い電球の地下にもぐった。
指定されたブロックを捜す。一番奥まった一角に車があった。
クリーム色の、丸目のカマロだ。
なんだか溜め息がでる。これでどうしろっていうんだ。
重いドアを開け、それは案の定下がっていたが、エンジンをかけた。馬鹿みたいにでかい音がした。ハンドルは小さく、黄色い目玉、「ムーン」のホーンリングがついている。
ボンネットの上にバルジがあり、蓋がしてある。ガラスの汚れから車自体は暫くここに置いてあったようだ。オイルが廻るまでの間、ウォッシャーでガラスを洗った。
右手のシートの上に皮の鞄があった。外側のポケットに簡単な地図とメモ、携帯電話が入っている。中には充電器もあるようだ。
「東金に葉子はいる。アルピーヌもあるのだが貸してやらない。銃はそろそろ分解しろ」
メモにはそうあった。こういうメモを残す男の年齢を当てるのは簡単である。あの頃の残りなのだ。
「夜の魚」
「夜の魚」一部 vol.27
■ 次の日の夜、私は感熱紙の指定に従い東銀座の地下道を歩いていた。
この先どうなるのか、確かめてみようという気分になっている。
昨夜受信したファックスには、時間と場所だけが活字で書かれていた。
プラスチックの広告版に挟まれ、家のない男達が横になっている。ペットボトルを傍らに何本か置き、積み上げた週刊誌を真剣に読んでいる者もいた。
五つ目の柱の角、段ボールを尻の下に敷き、口を開け天井を眺めている男がいる。いくつもの紙袋を廻りに置き、黒い帽子からはみ出た髪は見事に横を向いている。男の眼は大きい。
「あんただよ」
呼ばれて傍によった。男は指を顔の前で動かしている。紫色の毛糸が太い指に絡んでいる。あやとりをしているのだ。