「夜の魚」

「夜の魚」一部 vol.34

 
 
 
■ 明け方、薄い夢をいくつかみたがよく覚えていない。
 環状線の街灯が全て消え、その中をカーキー色の装甲車が走っている。その後ろには武装した兵士が大勢トラックに乗っていて、銃を肩に私の車を眺めている。
 気がつくと午後の半ば近かった。
「イビキが煩かったわよ」
「じゃ、味噌汁は」
 浅蜊の味噌汁とコーヒーを二杯づつ飲んだ。
「眠っている間に、買い物にいったんだ」
 葉子は薄い化粧をしている。明るい光の中で眺めると脚が伸びている。洗面所に立って使い捨ての剃刀を使った。どちらが夢か。鏡の中の顔に隈が出来ていた。

「夜の魚」一部 vol.33

 
    七 スープ
 
 
 
■ 机に置いてある雑誌をもう一度眺めた。
 その時、確かに葉子はよろこんでいるかのようにみえる。葉子は何色なのか。色が混ざるのだとして、男だけの色ではないような気がした。
 
 葉子がドアの前に立っている。ぺたぺた裸足で階段を降りてきたのだ。
 唇が震えている。浴室につれてゆき、バスタブにお湯を張り葉子の躯を洗った。窓の外は風が吹いている。曖昧な気持のままそれを聴いている。
 タオルを使っていると、鞄の中で携帯電話が鳴った。アンテナを伸ばすと雑音が激しい。
「楽しんでいるか、そこは二三日大丈夫だろう」
 東銀座の男だった。
「おい、ありがたいオマケまでつけてくれたな」
「ビデオはもっと凄いぜ」
「おまえ、誰なんだ」
「ちょっとかして」
 横から葉子が電話を取った。
「吉川、父は何処にいるの」
 強い声で問いただしている。
「そう、そうなの」
 葉子は電話のスイッチを切った。
「どういうことなんだ」
「まって、ゆっくり話すわ」
 電話を低い椅子の上に置き、葉子はドライヤーを使った。背中を向け、指だけで短い髪を流している。
 いつもこうだ。まって、と言われ、待ってみると機会を失う。
 隣の部屋にベットがあった。薄い毛布がかかっていて、葉子はそこで寝ていたのだろう。私は横になった。ぬるいものに吸い込まれ、すぐに眠りに落ちた。